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プロフィール

machi

Author:machi
そのまんまの君を受け入れて
いっしょに歩いてゆこうね。
時には立ち止まり
時にはいっしょに涙して
でも、また笑って歩き出す…

春にはめでたく大学生となる長男hikariと母の
主に中学2年生までの成長記録です。
育児は育自。
いつもいっしょ
そしてこれからもずっといっしょ♪


●hikari

高校3年生になりました。
この春から希望の大学に進路が決まっており、今は残り少ない高校生活を楽しんでいます。

4歳のときに高機能自閉症と診断を受けましたが、今ではアスペルガーと診断名も変わりました。
小学校入学時は特殊学級でスタート、
3年生からは普通学級に在籍しています。

何事にもまじめに取り組めることは彼のいちばんの長所です
表現は不器用ですが、心優しく、純粋なhikari。
いつも、がんばって、います。

●machi

hikariの母。
今年、結婚21年目を迎えました。
自営業を手伝ってます。
おっちょこちょいでお調子者。
熱しやすく冷めやすい。
頼りがいがあるようで実は小心者。
子どもたちの成長はうれしいけれど、だんだんと離れていくことを実感して少しさみしいです。
子どものため、家族のため、今年もがんばります!

●papa

machiの大切な大切なヒト。
まじめさはhikariに遺伝?家族思いの満点papaです。
とにかく健康にだけは気をつけてね。
お仕事、毎日ご苦労さま♪

●長女

花の女子高生。
彼女の前向きで楽天的な気質は尊敬に値します。
相変わらずのバスケ中心生活。
どうかケガだけは気を付けてね。

●次女

ただ今10歳。
とにかくかわいい♪
そしていつも優しい。
我が家にとって癒しの存在です。

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特別な存在ではなく

きっかけは、もうそんなになくなってきたと思っていたhikariへの”からかい”が、実はまた頻繁になってきていたことからだったのですが、そこから視界を広げてクラスの問題として考えていろんな人を巻き込んで(汗)
クラスが抱えている問題に今のところ保護者は出てゆく段階ではない、というのが結論だったのですが、この何日間かで私の気持ちは確実に変わりました。

それは…



今まで、hikariを特別な生徒、特別な存在として先生に認めてもらい、そんな特別なhikariをクラスのみんなに"受け入れて"もらう、という、明確に言葉にはしないけど、私はそういう姿勢でhikariのことに関して学校へ取り組みを求めてきました。

中学生になって、何か小学校のときとは違うと感じていたのですが、それがわかってきた気がするのです。

"特別な存在"

小学校のときはむしろ「特別扱いしてください。」と明言していたこともあります。
そう言い切るほうがわかりやすく、こちらの求めている支援に結びつきやすかったからです。

でも、高学年に向かうにつれ、やはり特別扱いは周りの子どもたちの反応も敏感になってくるということもあり、意識的に先生もそういう対応を避けていくことになります。
実際、「できるだけみんなと同じように関わる。」ことでhikariを試したり、時には少し試練を与えたりしてその先にある中学校を意識した関わりに切り替えてきたはずでした。

そこには「中学校へ行けば、特別扱いはされない。」という暗黙の前提があったんです。

でも、私は心からその覚悟ができてはいなかった。
中学校へ行っても、今までと同じようにこちらから訴える支援をしてくれる、そう思い込んでいました。
それが当たり前だ、とさえ思い込んでいたのです。

だから…
中学校へ入って私が求めたものは今までと同じ「特別扱い」的なhikariへの支援でした。
そこがずれていたんです。

hikariのもつ発達障害はなおったわけでも無視していっていいわけでもないのですが、中学校の先生からはhikariは、他の生徒となんら変わったところがない。
ごくごく普通の、ちょっと個性的ではあっても、クラスを構成する一個人にうつっているんです。

それはもちろんクラスメイトからも。
彼の個性としては認める部分はあっても、決して先生から特別にかばってもらうような存在ではない。
むしろ先生がそんなふうにhikariのことを擁護しすぎたらhikariの立場が悪くなるかもしれないほどに、hikariはごく普通に集団の中の一個人として存在しているんです。

先生からいくら他の生徒と比べてもなんの違いも見つからない、目立たない、と言われても「いえいえ、そう見えるだけで、内側では苦しんで、努力しているんです。」と、その周囲に溶け込んでいること自体が成長なんだ、ということをなかなか私は認めることができずにいたんです。
それを認め、またそこから歩んでゆく道があることになかなか気付かずにいました。

そう、気付かないうちにhikariはまた一つ上のステップへと進んでいこうとしていたのです。
私もそれについていかなくてはならないのです。
今までと違う問題に出会うだろうけど、またそれにひとつひとつ向き合っていかなくてはならないのだ、と思います。




たまたまクラス委員だったのですが、そのおかげでクラス全体を見渡す視線の切り替えができました。
今まであまり持たなかった周囲との関わり方。

あ、こんなふうに一保護者でいていいんだ。
もう、hikariを特別にみてもらっている、とか、みんなとは違う保護者の立場でいなくてはならないわけではないんだ、とか、急に思っちゃったんです。

どこかしら引け目に思っていたのでしょうか?
みんなとは違う感じ方、みんなとは違う表現の仕方、みんなとは違う行動…
いつもみんなとは違うと前置きをしてhikariのことを話し、そして"受け入れて"もらうことを求めていた。
その"受け入れて"もらうことに対して何かしら引け目のようなものをずっと感じていたような気がするのです。

今は…もしかしたら…"受け入れて"もらうという位置ではなく、hikariはみんなと同じスタートラインにたって中学校生活を始めていたんじゃないかな、って。

何かしら苦痛を感じたり、迷ったり、悩んだりすることはあっても、みんなも同じように悩み苦しみ迷っているのだろうし、家に帰ってお母さんに話すことは違っても、お母さんから返ってくる救いの言葉は違っても、そうやって次から次に起こってくる出来事をやり過ごしている、その繰り返しは、hkariだって、みんなだって、なんら変わりないんじゃないかな。

だから…もう、何も引け目に感じたり、自分たちだけが特別とは思わなくてもいいのかな、って…

そう思うと、なんだか気持ちが軽くなってきたんです。
小5の妹のママ友達との気軽な立ち位置のように、hikariのママ友とも、一歩引かずに同じ位置で話ができる、その気楽さを持ってもいいのかな、って。

ふっと肩の力が抜けた気がしました。

今回のこと、きちんと向き合って行ってよかった、って思います。
少々優しい友人を巻き込んで疲れさせてしまったことは反省していますが。。


2008-11-10(Mon) 20:38| hikari中学1年生| トラックバック 0| コメント 0

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