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プロフィール

machi

Author:machi
そのまんまの君を受け入れて
いっしょに歩いてゆこうね。
時には立ち止まり
時にはいっしょに涙して
でも、また笑って歩き出す…

春にはめでたく大学生となる長男hikariと母の
主に中学2年生までの成長記録です。
育児は育自。
いつもいっしょ
そしてこれからもずっといっしょ♪


●hikari

高校3年生になりました。
この春から希望の大学に進路が決まっており、今は残り少ない高校生活を楽しんでいます。

4歳のときに高機能自閉症と診断を受けましたが、今ではアスペルガーと診断名も変わりました。
小学校入学時は特殊学級でスタート、
3年生からは普通学級に在籍しています。

何事にもまじめに取り組めることは彼のいちばんの長所です
表現は不器用ですが、心優しく、純粋なhikari。
いつも、がんばって、います。

●machi

hikariの母。
今年、結婚21年目を迎えました。
自営業を手伝ってます。
おっちょこちょいでお調子者。
熱しやすく冷めやすい。
頼りがいがあるようで実は小心者。
子どもたちの成長はうれしいけれど、だんだんと離れていくことを実感して少しさみしいです。
子どものため、家族のため、今年もがんばります!

●papa

machiの大切な大切なヒト。
まじめさはhikariに遺伝?家族思いの満点papaです。
とにかく健康にだけは気をつけてね。
お仕事、毎日ご苦労さま♪

●長女

花の女子高生。
彼女の前向きで楽天的な気質は尊敬に値します。
相変わらずのバスケ中心生活。
どうかケガだけは気を付けてね。

●次女

ただ今10歳。
とにかくかわいい♪
そしていつも優しい。
我が家にとって癒しの存在です。

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生育暦 -保育園・年中組-(1)

hiakriの通っていた保育園は、年少組の園舎と年中・年長組の園舎が離れていました。
年中組に進級するということは教室が変わるだけでなく、建物も少し広いところへお引越しでした。

まず、その環境の変化に慣れることから始まりました。
ですが、まったく行ったことのない建物、ということでもなかったので、すぐにお気に入りの場所を見つけ、今までよりも広い園庭と、たくさんのお部屋とがあって、しばらくは"探検"が続いたようです。
年少組で大好きになった先生が持ち上がりの担任で、その点でも安心して新しい1年がスタートしました。


発達相談

この4月、初めてhikariの父も同席して発達相談を受けました。
「hikariは質的にどこか違うんだ」ということに私たちも気づいていました。
定期的に発達相談を受けることは私たち親にとっても、家族にとっても、hikariのありのままの姿を見つめ、自分たちに何ができるのか考えるきっかけになりました。

家でのhikariは言葉の面では未熟さが感じられたものの、穏やかで、妹ともごく普通に関わり、私のお手伝いもし、身辺の自立もできていたので、それほど問題を抱えているようには見えませんでした。
しかし、保育園といった集団の中でのhikariは特別な配慮がいる子だったのです。
母をはじめ家族はそういったhikariの姿を目の前に見ることはできません。
そこで、担任のA先生に『連絡帳』を密なものにしていただくようお願いしました。
送迎時には毎日のようにお話したり、家庭訪問や個人懇談では特別にお時間もいただきました。
保育園での様子をhikariの口から聞くことはなかなか難しいことでしたが、先生との密なやり取りでhikariの保育園での様子を把握していくことができました。




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2006-11-30(Thu) 20:54| 生育暦 -保育園・年中組-| トラックバック 0| コメント 0

余暇の利用

これまた、広汎性発達障害を持つ子には厄介なことです。
余暇の利用。
時間をもてあますのです。

一日の時間の過ごし方にこだわります。
何時から何時まで、何をする。
まるで学校の時間割です。

そういう意味でも、学校は好きです
予定(時間割)が決まっていて時間になれば始まり、時間がくれば終わる
1時間目は国語、2時間目は体育…
科目も決まっていればイメージがわいて、予測がつきやすい。
安心します

困るのはお休みの日です。
もっと困るのは夏休みなど、長期の休暇です。
毎年、ぎっしりと予定を立てたものでした。
それでも今よりもひとりでできることが少なかったので、日によってはすることがなく、時間をもてあまして気持ちが不安定になることがありました。

今では、できること、しなくてはならないこと、行くところ、行けるところが増えたので、つまり、選択肢が増えたので、そうそう困ることもなくなりましたが、それでも、ぽかんと時間が開いたときは困ってしまうときがあります。

私たちは、暇な時間があるほうが心に余裕も持てて、「何しようかな~」なんて、考える、その作業自体も楽しく感じるものですよね。
でも、彼らは…hikariは違うのです

余暇の利用はとても大切な課題としてよく話題にされます。
いくつかの選択肢をあらかじめ準備しておく必要があるのです。
多ければ多いほどhikariは安心します。

今は、それを頭の中で思い浮かべるだけで、行動できますが、以前は…小学校低学年くらいまではカードに書いたり、紙に書き出したりして、見えるところにおいておきました。

私たちとは違う感覚で不都合を感じているのです。







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2006-11-27(Mon) 12:23| hikariの日常| トラックバック 0| コメント 2

自然にわかることがわからない

当たり前にわかっているはずのことがわからない…
軽度発達障害の子供にはよくあることです。

外見上、異質さを感じないタイプ。
勉強もでき、身辺の自立もでき、基本的な社会性を身につけている

なのに、
「え?わかんないの??」
と驚くことがよくあります

昨日の出来事もそうでした。

『親戚』がわからない。
『血のつながり』がわからない。
『お父さんのお父さんが自分のおじいさんである』ことさえぱっと浮かばない。

聞いているほうはびっくりします

ついつい、次々と質問を浴びせます。

『いとこのH君のお父さんはhikariの何?』
『お父さんのお姉さんは誰?』
『おじいちゃんとおばあちゃんは夫婦。
 じゃあ、お父さんとお母さんは?』

どの質問にも、萎縮してしまって即答できません

しかめっ面になり、涙目になり…
でも、その悲しみの理由は普通に私たちが想像するのとは違ったりします。

『悔しさ』とか『情けなさ』ではないのです。
大半は、『どうして僕はお父さんとお母さんをこんなに怒らせ、悲しませてしまうのか』という気持ちです。

自分の人間性にまで掘り下げて悲しむのです。

これが続くと自己否定感を植えつけてしまうことになります。
とても危険なことです。




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2006-11-26(Sun) 20:34| hikariの日常| トラックバック 0| コメント 13

ナップザック

5年生になると家庭科があります。
手先の不器用な…というか、指先に力が入らないhikari。
針と糸なんてできるの?
って期待はしていませんでした(笑)

でもね、先生に助けてもらいながら完成させてたのです。
ナップザック。

ナップザック


「今日は家庭がある…
「ふ~~やっと家庭が終わった!
部品をなくしたり、うまくできなくて半べそになったり、
針と糸とミシンと布と小さな部品たちと格闘の末完成した"ナップザック"

がんばったよ!


縫い目が…
なんだか危なっかしいなあ…

ネームもちゃんと張ってあって、間違いなくhikariの初めてのミシンの作品。
じっと見ていると、困った顔で不器用な指先で、針と糸とミシンに向かうhikariの姿が浮かびます。

がんばったやん

なのに…
この前の校外学習、全員申し合わせで、この自分で作ったナップザックを持っていくことになっていたのだそうで。
そんなことは知らなかったし、hikariもそういう感情というか、喜び、ワクワク感みたいなものが希薄だったのか…
いつものランリュックで参加したのです。
なんとナップザックを持ってこなかったのはhikariたったひとり
あ~あ
よくあることだけど…要領が悪いというか…

校外学習自体は、とても楽しかったようで、
心配していた班行動も、みんなとはぐれることなく、先生曰く「なじんでた」そうです
ジェットコースター6回乗ったといってました

よかったよかった





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2006-11-23(Thu) 07:56| hikariの日常| トラックバック 0| コメント 8

生育暦 -保育園・年少組(4)一年をふりかえって-

保育園に入れること自体を躊躇していました。
初めて授かった子で、周りの子供たちとはどこかが違うな、と感じていたものの、その思いをどこへ、どのように向けてゆけばいいのか…
わかりませんでした。

母子手帳の『保護者の記録』
1歳までは「はい」の欄に当たり前のように○をつけていたのに、1歳過ぎたあたりからいくつかの項目に「いいえ」に○がついています。

やはり言葉に関する項目でした。

1歳、「ばいばい、こんにちは」ができません。
2歳、2語文が言えません。

好きな遊びは?の問いかけに、書くことが見当たりませんでした。
遊ばないのです(笑)
家の中で、おもちゃを使って遊ぶ、ということがほとんどありませんでした。
家の中ではビデオを見るか、絵本を見るか…おもちゃ箱のおもちゃも出さないので部屋の中はあまり散らかることはありませんでした。
そうそう…いたずらをしない子でした。
引き出しの中の物を全部引っ張りだしたり、あちこちに落書きしたり、すぐにバッグの中の財布を散らかしたり…ありますよね?
hikariはそういうことはしませんでした。
想像力が欠けていたのでしょうか?
隠れたところにある"何か"に興味を持たなかったのです。

身辺の自立のようなこと、トイレや着替えなどは不器用ながらもできるようになっていました。
でも…何か漠然とした不安があったのです。
よく言われる『対人関係の希薄さ』
コミュニケーションのとりにくい子だったのです。

もう1年、手元に置いてじっくり関わっていこうかと、だいぶ悩みましたが、結局入園を決め、1年経って年少組の終わりを迎える頃、hikariはとても成長していました。
私も、"診断"を受けたことで、一歩前へと進んだ1年でした。


【年少組の終わりを迎えて】

運動会が終わった頃から、hikariのことばの広がり、お友達との関わりに少しずつ変化が見られるようになってきました。
周囲の子どもたちは降園後の"約束"が盛んになり、hikariも同じようにお友達の家に行ったり、来てもらったりするようになってきました。
いっしょに遊んでいるようで、そうでない、というかかわり方でしたが、そんな中でも好きなお友達ができてしきりに関わりを求めて行ったり、後をついてまわって遊んだり、ことばでのやり取りも少しずつ出てきました。

2つ下の妹とはやはり安心感もあるのか、会話らしきものが成立するようになって来ました。
(妹のほうは…早くからしゃべり始め、母とのやり取りもごく普通にこなしていました)

ただ、今でも(ほんとに今でも)見られる「てにをはを間違える」「主客を間違える」といったことばの面での未熟さはありました。
「お母さん見て!見て!」や「○○ちゃんが、おもちゃ散らかしたはるで~」といった、関わりを求めることばもたくさん出てくるようになりました。

園での『うさぎのお当番』が回ってくることをとても楽しみにし、母に「今日はおとうばん」(うさぎのえさを持っていかなくてはならないので)と告げることもできるようになりました。

台所へやってきて、おかずを人数分の皿に分け入れたり、箸を並べたり、食器を流しに運ぶ、といったお手伝いもよくしてくれました。

保育園へ入ること自体を迷った時期もありましたが、年少組の1年間を終わって、集団の中でいろいろな経験をし、母とは違う人(先生)に理解してもらい、そして認めてもらえたたくさんの経験は、hikariにとってとても貴重なものとなったのです。



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2006-11-18(Sat) 00:00| 生育暦 -保育園・年少組-| トラックバック 0| コメント 6

涙の効用

の数だけ強くなれるよ       アスファルトに咲く花のように

見るものすべてにおびえないで   明日は来るよ君のために

の数だけ強くなろうよ        風に揺れてる花のように

自分をそのまま信じていてね     明日は来るよ どんな時も

明日は来るよ 君のために



ちょっと古いけどいつもがんばりすぎるほどがんばっているひとに贈りたい曲です

今朝から、この曲が頭の中でずっと流れています。

がんばっている人にがんばって、なんて言っちゃいけない、って、その人が言っていたけど…
ついつい、がんばってね、って言っちゃうのですよね。
がんばりすぎないでね。
みんなで応援しています。

には、ほんとに癒しの効用があるそうです。

の味、感情によって違うそうです。
悔しいときや怒ったときはしょっぱくて、うれしいときや悲しいときは味が薄いそうです。
この味の違いはに含まれる成分によるもので、そのストレスの原因となっている成分をといっしょに追い出してしまうことで心身ともにリラックスするのですね。

泣きたいときは涙をいっぱい流して、ぐっすり寝れば、きっと今日とは違う明日がやってくる。
自分を信じて、自分を大切に。
自分を大切に思う人を大切に。

おやすみなさい







2006-11-16(Thu) 21:52| machiのつぶやき| トラックバック 0| コメント 8

『僕の歩く道』第6話

よくできたドラマだ、って、回を重ねるごとに実感します。

今日は古賀さんがよかった。
「そばにいる人間がどう接するかで、彼の可能性はどんどん広がるんだなあ」
古賀さんがテルのよき理解者になりました。

テル、
「お父さんは2003年に死にました」
「お父さんは遠くへ行きました」
「いつ帰ってくるのかなあ」
古賀さんがぽろぽろ涙を流しました。
自分の息子が自閉症なのです。
受け入れられなかった過去がありました。

都古ちゃんからのはがき、
「テルは動物園の飼育係です。
 テルは、動物園の動物たちが元気でいるように
 一生懸命お世話をします。
 約束です。」
テルの顔がぱっと明るくなります。
「約束です。」
テルは都古ちゃんと約束したのですね。

hikariにもよく「約束」という言葉を使ったなあ…
「ルール」「決まり」という意味も込めて。
彼の中でも「約束」という言葉はわかりやすく、守ることができると、自分も気持ちいいし、お母さんも笑顔になる。

テル、よかったね。
思い切り感情移入しちゃった。

古賀さんの涙が、よかった。





2006-11-14(Tue) 23:16| machiのつぶやき| トラックバック 0| コメント 0

生育暦 -保育園・年少組(3)-

学校の行事…運動会、発表会、校外学習…
子供の頃、緊張感を持ちながらも、その準備や当日、ワクワクしてとても楽しいものでした。

でも…それが負担になる子もいます。
hiakriは保育園の頃はとてもこの類の"行事"が苦手でした。
準備期間(練習の期間)は、規則正しくない一日、予定の変更もしょっちゅう、同じ活動の繰り返し…
目処が立たない、時間になっても終わらない、体力的に消耗してゆく、先生の声がいつもと違って怖い(笑)…
苦手なことだらけです。

身体が毎日疲れるのはみんなといっしょですが、精神的にも追い詰められていくのが具体的に現象として現れ、見ていてとてもかわいそうでした。
腹痛、頭痛、つめ噛み、夜驚症、髪を抜く…
手の指のつめが普通にある大きさの半分以下になったときはもうかわいそうでかわいそうで…やめろ、と叱るよりも、手を握って涙したものでした。
言葉で気持ちを訴え、そのストレスを晴らす器用さを持たない幼少期のhikariにとって、行事はとても苦痛だったと思います。

でも、根がまじめなhikariは、先生が段階を踏んで与える課題に懸命に応え、ストレスを抱えながらもほめて育てられていきます。
そして本番に強い(笑)
いつもいつも涙で潤んでちゃんと見ていない母なのでした。


【夕涼み会・運動会・そして生活発表会】

7月に行われた夕涼み会での年少組の発表は『アンパンマン体操』でした。
家であまりアンパンマンを見ていなかったせいもあってか、興味もあまりなく…まず、かぶっているお面が"ドキンちゃん"であることに苦笑いでした。
ステージへは上がったものの、手をくわえてニヤニヤしているだけで少しも『アンパンマン体操』はしてくれませんでした。

そんなもんかなあ、って感じでした。

この頃はまだ広汎性発達障害であるという診断は受けてませんでした。


10月、運動会。
音楽が大好きなhikariでしたが、みんなといっしょにお遊戯したり、行進したり、運動会の練習自体に興味がありませんでした。
でも、かけっこだけは気に入って、自分の番でもないのによくいっしょに走り出していたそうです(笑)
それを叱るでもなく…年少組、ということもあり、練習もそれほど厳しいものではありませんでした。
先生もhikariの様子を見ながら無理のないように配慮していただいたので、この時期は特に園に行くことを嫌がったり、強くストレスを抱えることもなかったようです。

本番では…かけっこは何とかニコニコと最後まで走れたものの(早く走る気は無かったですが)お遊戯は手をくわえたままじっと立っていました。
夕涼み会と同様、みんなといっしょにすることに興味がなく、自分のおかれている状況をうまく理解できない様子でした。
とは言うものの、その場から逃げ出したり、皆といっしょに行動することを拒否するという態度がなかったことが、周囲から見ての彼の「わかりにくさ」であったかもしれません。

そして2月。
生活発表会。
1年の総仕上げの発表会であるとともに、保護者にとっても子供の成長を目の当たりにする、とても期待の高まる行事です。

毎日、本番に向けての練習が繰り返されます。
「本番に向けて」…もちろんhikariにはそんなこと、わかるはずありません。
「なんか毎日きゅうくつだな~」…
「今日は保育園やすんどこか?」という日もありました。
家ではあまり「がんばれ」というような言葉は避け、とにかく食事やゆっくり休むことに重きを置いていました。

おうたの発表の他にお話の劇もしますが、その劇のせりふはすぐに覚えました。
最初はそのセリフも人のぶんまで覚えて、一人で言ってしまうような場面もありましたが、練習を重ねていくうちに次第に"やり取り"であるとか、"役"であるとかに気づき始め、自分の番に出てこられるようになりました。

そして本番に強く…見られている、という意識がまだ薄かったhikariは緊張を知らず、のびのび楽しく笑顔で本番を迎えることができました(笑)
その成功体験(?)で、劇ごっこがhikariにとって大好きなもののひとつに加わりました。

夏の夕涼み会のことを思い起こすと、まるで別人、見違えるような姿でした。






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2006-11-12(Sun) 11:01| 生育暦 -保育園・年少組-| トラックバック 0| コメント 9

先生とのお話

先生のほうから、「お話しましょう」と声をかけていただき、木曜日、学校へ行ってきました。

「特に、これといってお話しすることはないのですが…」
あれ?私、とても緊張してたのに…
最近の出来事、行事でのhiakriの様子、休み時間などの過ごし方…
ほんとうに、当たり障りのないお話が続きました。

当たり障りのないお話の中にも、hiakriの行動、思考、周囲との関係の持ち方には独特のものを感じておられるようでした。

時間の最後でひとつ私がお願いしたこと。

●hikariの一見、場にそぐわない行動の裏には、必ず理由があるということ●

この前の『ごみ捨て行動』…
あとでhikariにどうしてそんな状況で突然ごみをわざわざ"遠い"ゴミ箱に捨てに行ったのか?と尋ねました。
"遠い"というのは、実は彼の席の近くにもひとつゴミ箱があったのです。

手に持ったごみが気になって仕方がない。
捨てたい。
だから捨てに行った。
それだけのことだったそうです。
そう、それだけのことなのです。

じゃ、私たちは「どうして"遠い"ゴミ箱にわざわざ行くの?」と尋ねます。
「近くにあることを知らなかった。」

先生とも同じ会話をしたようです。
hikariはこのやり取りで、場にそぐわない行動をして叱られた、と言うよりも、「"近い"ゴミ箱に捨てに行けば良いのに、"遠く"のゴミ箱に捨てに行った」ことを注意されたと思っているかもしれません。
なんか違うんですよね~~~

ゴミを捨てたい。
先生はみんなに大切な話をしている。
「みんなに」…でもその内容は、僕にはあまり関係ない。
ここで、自分も「みんな」に含まれているという意識が薄くなるのかもしれません。
そして…ゴミが気になる。
捨てに行く。

まず、「みんな」のなかには、hikari、君も含まれているのだ、ということ。
君を含む「みんな」にしている大切な話は、最後まで席を立ったりせず、先生の顔を見てしっかり聞いていなければならない。
ゴミが気になるのであれば、手に持たない。
机の引き出しに入れておき、後で捨てる、と決める。

不適切な行動があったとき、必ず『その場で』どこがどういけなかったのか『具体的に』、叱るのではなく『注意する』ということ、また、同じ主旨のことであっても、具体的な状況・設定が違うと以前の『注意』が結びついてこないことなどを伝えました。


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2006-11-12(Sun) 00:20| hikariの日常| トラックバック 0| コメント 2

お気軽に -じゆうちょう-

こんばんは。

やっぱり重くなりがちなテーマ…
テンプレもかわいく変えて、明るく元気に行きましょう。

だって、いたってmachi家は明るく元気なのですもの。

コメント入れにくい記事にはこちらへ足跡残してくださいね。
自分でもつぶやいたりして




2006-11-11(Sat) 23:08| お気軽に -じゆうちょう-| トラックバック 0| コメント 27

生育暦 -保育園・年少組(2)-

『言葉の遅れ』という判断はとても難しいものだと今も考えていますが、hikariは寡黙なタイプではなく、語彙も豊富だったので、一見、言葉が遅れている、というふうには見えませんでした。

でも、母から見ると、言葉を正しく使うこと、『文脈や全体的な状況の中で言葉を理解することが苦手』で、『コミュニケーションの質』に問題があるのは明らかでした。

抽象的表現がわからない、言外の意味を推測するのが苦手、『今日はどうだった?』などという自由回答型の質問には答えにくく、その一方で論理的で、回答がひとつである質問や、自分の得意なテーマについての質問に答えることが得意であったりします。

こういった『コミュニケーションの質』の問題は、当時から表れていたし、今でも引き続き持ち続けています。
学校での勉強が優秀である一方で、基本的な人との接し方に問題がある、というのは誤解も招きやすく、彼の人格を傷つける状況へと流れていく危険もあり、一番気がかりな彼の特質です。


【お友達との関わり】

まだまだ自分の好きなように遊ぶことに興味があったようですが、お友達の存在に気付いていないわけではなかったようです。
お友達が楽しそうに遊んでいる様子を見て、その雰囲気を自分も楽しんでいるといった感じでした。

お友達へのかかわり方が特異でした。
突然ぎゅーっと痛いほど抱きついてお友達を泣かせてしまうことがたびたびありました。
家庭でも妹(当時2歳)に対してしていたことなので、母は想像に難くありませんでした。
彼なりの愛情表現だったのです。

本人にはまったく悪気が無く、そういった場面に出会うたび、先生が中に入り「ぎゅーってしたら、お友達痛がったはるで~。」と優しくたしなめ、お友達には「hikariくんも遊びたいんやな。」と彼の気持ちを伝えてくださいました。
また、お友達を突然パン、と叩いたり、噛んだり、という時期もありました。
これも彼特有の関わり方で、まったく悪気の無いものでした。
でも、叩いたり、噛んだりするのは悪いことです。
『ダメなことはダメ』と、強く叱るではなく、繰り返し、起こったその場でhikariに伝えていってくださいました。




【「いや」・「やめて」が言えない】

入園してしばらくの間「いや」とか「やめて」が言えませんでした。

家庭でも妹に「おもちゃ貸して」と言われて「いや」が言えないばっかりに泣きながら自分の持っているものを渡して、母に泣きついてくる姿が見られました。
園でももちろんこういう場面はあり、先生がいつもhikariに代わって「いや」という気持ちを伝えてくださっていたようです。

家庭では、その役目は母が担うものでした。
ところが、まだこの時期、hikariが広汎性発達障害であることに理解が無かったため、母の対応は時に適切ではありませんでした。
妹が言葉を発し、兄を越えて意思の疎通が出来てくるようになるにつれ「なんでhikariにはこんなことぐらいがわからんの…」「何でそんなことばっかりしてんの…」などという気持ちがありました。

好きなビデオやテレビのフレーズを関係の無い場面で何度もくりかえし言ったり、尋ねていることに的外れの答えを返したり…そういうことにとてもイライラすることがありました。

母も感情的になって強い語調で叱ると、ますますhiakriは自分を落ち着かせるために覚えている言葉(フレーズ)をぺらぺらとしゃべりました。
『自分の気持ちを言葉で表現すること』
妹には当たり前に出来るようになることがhikariにとっては『当たり前』どころかとても困難なことだったようです。

それでも、運動会が過ぎ、クリスマスに近づく頃には「いや」「やめて」が言えるようになり、少しずつ自分の気持ちを言葉で表すことができるようになってきました。
会話らしきものも少しずつ成立するようになり、周囲の大人もhikariの気持ちを汲み取ることに慣れてきました。



■参考:コクーンクラブHP

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2006-11-09(Thu) 06:01| 生育暦 -保育園・年少組-| トラックバック 0| コメント 3

久しぶりに…

今、のお話。
ひとりごとです。
ちょっと、気持ちを整理したくて書きます。

担任の先生との連絡ノートに書いてあったことにちょっとドッキリ
2、3日前の出来事だったそうです。

授業中、先生が大切な話をしている真っ最中。
hikariがすっと立ち上がり、席から離れたゴミ箱にごみを捨てに行ったそうです。
先生は当然注意します。
でも、いつもと違って強い調子で注意しました。
クラスは妙な空気になったそうです。

これまで、hikariへの対応として、とにかく先生との距離を縮めること、思いを告げられる関係になること、障害の特性(hikari自身の姿)を把握することに重きを置いてきてくださいました。
つまり、場にそぐわない行動をした場合でも、強く叱ったり、みんなの前でhikari個人を注意するということはなかったのだそうです。

でも、やはりそれは特別扱いであること、クラスのみんなも周知のことではあっても、学力的に優れているぶん、先生からすると行動の改善へとその学習能力が使えないかと考えるのは当然です。

で、連絡帳に書かれていた事。
「hikariくんなりの生活力、社会性を学校生活の中で身につけてほしい」
次のステップへの提案です。
ドキッとしました。
あ、やっぱり、って思いました。
やっぱり、異質な子であることに変わりはないんだ。

わかっているつもりなのに、いつもこういう感情の折り返しがあります。

先生が今のhikariの姿を否定したわけでないことはわかっているのですが、やはり『場にそぐわない行動』は目立つのだと。

もうひとつ、気になること。
hikariがこの件について家では一言も話さなかったのです。
強く叱られた、彼にとって事件だと思います。
なぜ言わなかったのか?
テストで100点だったこと、今日もH君とポケモンの話ができたこと、D君にまでポケモンの情報をもらったこと…
順調な学校生活を連想するようなことしか話しませんでした。

小さい頃から、私の喜ぶ顔が好き、お母さんが喜んでくれるから…
という感情の強い子です。
『今日も楽しかった?』
私の声のかけ方が悪かったのかな…

『つまらないことも、納得いかないことも、ちょっと辛いことも、予想と違う出来事も、全部話していいよ。
 お母さんは、hikariが喜んでいることだけじゃなくて、辛いことも、悲しいことも、いっしょになって辛く思ったり悲しく感じたりしたい。
 そういう出来事が起こることは決して悪いことじゃない。
 そんな出来事が起こったときが次に辛いことが起こるときの解決のヒントになるんだよ。
 だから、全部お母さんといっしょに喜んで、悲しんで、苦しんでいけばいいし、お母さんもそうしたいんだよ。』

そんなことを久しぶりにhikariと話し合いました。

来週、先生と面談することになりそうです。



2006-11-02(Thu) 23:11| machiのつぶやき| トラックバック 0| コメント 6

生育暦 -保育園・年少組(1)-

hikariは平成11年4月、M保育園に入園しました。
『式』という場で、母と離れて長い時間椅子にじっと座り、いろいろな人のお話を聞く、などという経験は初めてのものでした。
式が終わる頃には涙が見られ、記念の集合写真は不機嫌なふくれっつらでした(笑)

漠然とした不安を持ちながら、hikariの保育園生活が始まりました。


【おうた・公園・木登り…】

お昼寝が始まると涙が見られたり、母とはなれることを嫌がったりというような、みんなが経験する時期を同じように乗り越え、保育園での生活も順調に慣れてきました。

脱走したり、パニックを起こしたりというような心配はまったくなかったように思います。
環境の変化を嫌う傾向があるにもかかわらず、特に問題なく生活に慣れたのは、"保育園"という緩やかな枠組みと、母と同じように関わってくれる先生がいてくださったからだと思います。

hikariにとって環境の変化は"人とのつながり"を軸として容易に乗り越えてゆけるものだったのです。

また、保育園にはhikariにとってとても楽しいものであふれていました。
NHKの歌の番組が大好きだったので、たくさんの歌を知っていて、園でも歌うことが大好きでした。
また、自宅や近所に安全に遊べる場所がなかったので、園庭はhikariにとって自由に遊べる素敵な"公園"でした。

滑り台、お砂場、ブランコ、うさぎ小屋、小さな虫たち…
中でも大のお気に入りは"木登り"でした。
"木登り"といっても危険な高木ではなく、藤棚の藤の木がうまく縄状になっていて、子供にでも登りやすい低い木でした。

「あれ?どこいった?」
藤の葉っぱに隠れてうれしそうに木の上にいるhikariなのでした。


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2006-11-02(Thu) 10:32| 生育暦 -保育園・年少組-| トラックバック 0| コメント 5

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